pinkaku 組織病理学研究所

現場から生まれた「社腸」という組織論で、会社の詰まりを言語化する

タグ: 子供時代

  • 見える=行けると思っていた頃の話

    見える=行けると思っていた頃の話

    【怒鳴り合い副業日記】


    小学生の頃、琵琶湖の岸から浅いところを進んでたら
    気づけば際川の自衛隊の裏に出ていた。

    どこから入ったのかは覚えてない。
    ただ、進めるから進んでいただけや。

    崖のような岩場を登って覗いていたら
    銃を持った自衛隊員に見つかった。

    怒られると思ったが

    「危ないよー、こっちから帰ってねー」


    同じ頃、近所にはやたら広い私有地があった。

    毎日のように侵入して虫取りをしていた。
    管理人に見つかると、遠くから怒鳴られる。

    だから、その声が聞こえたら全力で逃げる。

    捕まったことはない。


    さらに別の場所。

    メリノール教会の施設のような場所があって
    キャンプ場や、奥にはシスターの居住エリアがあった。

    そこにも普通に入っていた。

    怒られるどころか
    名前を覚えられて
    クリスマスイベントには近所の子供と一緒に参加していた。


    今思うと、全部「同じ行動」や。

    入ったらあかん場所に入っている。

    だが、返ってくる反応は全く違った。

    同じ侵入でも、扱いが違う。

    • 自衛隊:排除(ただし穏やか)
    • 私有地:抑止(存在を知らせて退かせる)
    • 教会:受け入れ(関係が生まれる)


     ⸻     ⸻     ⸻


    子供の側には、境界という概念はない。

    見えるものは、全部つながっていると思っている。

    だから「入る」という判断に迷いがない。


    一方で、大人の側には境界がある。

    ただし、その扱い方は一つではない。

    • 物理的に排除する
    • 存在を知らせて自主的に退かせる
    • 関係を作って内側に取り込む


     ⸻     ⸻     ⸻


    同じ「境界」でも、設計が違えば結果は変わる。

    侵入されるか、排除するか、受け入れるか。


    これは子供の遊び場の話やない。

    組織でも同じことが起きている。


    境界は、ただ線を引けばいいわけではない。

    どう扱うかで、構造は決まる。


    あの頃は、そんなことは考えてなかった。

    ただ、「見えるから行ける」と思ってただけや。


    今になって分かる。

    あの頃の自分は
    境界を知らかったんやなく

    境界の違いを、体験で覚えていた。

    境界設計を間違えると、組織も同じことが起きる。


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